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『いのち・イノチ・命』の話

友達Kちゃんのおばあちゃんが天国に旅立ったと連絡がありました。お会いしたことはないけど、よく話に聞いていたので私もさみしく思っています。
でも何よりだったのはおばあちゃんがもうすぐ100歳という大往生だったということと、Kちゃんが気丈にもおばあちゃんの旅立ちを静かに受け入れていること。自分という人間を存在させてくれてありがとうって言ってました。


「寿命」というのは悲しいさみしい響きでもあるけど、漢字だけを見ると「ことぶき」と「いのち」。これはおばあちゃんのように大往生したという場合では、漢字の組み合わせの意味を受け入れることができるかもしれないけど、果たして病気や不慮の事故などで天国に旅立った場合は・・・?
個人的には「寿命」ということを受け入れられないこともありましたが、ある時から受け入れられるようになった気がします。それはKちゃんのハズバンドのある一言からでした。


「どうやって亡くなったのかじゃなくて、その人がどのように生きていたかということなんだよ」


どれだけその人が皆に愛されていたのか、どんなにすばらしい人生を送ったのか・・・この世に生きていたこと自体が大切なんだって思いました。そう思うと寿命という言葉の意味もなんとなくクリアになってきた。人間だけじゃなくてもちろん動物だって同じ。そして更には物だって同じで、「この箒、もう寿命かなぁ」って捨てるときに、今までどれだけ家をきれいにしてくれたことに感謝して。

生きる長さじゃなくて内容なんだな・・・せっかく今生きているんだから毎日を大切に生きていかないといけないなと思います。もしかしたら「寿命」という熟語はできた意味は全然違うのかもしれないし、いろいろな考えがあるとは思いますが、私はそう思います(^^)


おばあちゃんは天国に行ってしまってこの世では会えないけど、心に生きているので今までと何も変わらない。それにいつでも会えるし話しかけられるよ!
そしておばあちゃん、Kちゃんとそのご家族をずっと見守っていて下さいネ。そして何年後かに天国でみんなで会えるといいね!


追伸:天国では紫式部とかにも会えるのかな?!
by maropu21 | 2010-02-01 12:10 | 日常雑記 | Trackback | Comments(3)
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Commented by KIM at 2010-02-02 15:22 x
まろー、有難う。うちのばぁちゃんの話、よく聞いてくれたよねぇ。。

命、寿命、、考えるといろいろ辛い時もあるけど、長生きできれば最高だけど、たとえそうでなくても、、存在そのものが、素晴らしいことなんだよね~!まろが言ってた「じぃちゃんの分もばぁちゃんが長生きできた」っていうの、正にそうだ!って思う!ってか、そうだよね!神様、有難う~~!っていう気持ダニ。

よく、東京に寄ってから、実家に帰る時にYOUたちの話題をばあちゃんに話してあげたのよ~!どこで何を食べたとか、他愛もない事なんだけどさ。。

まだまだ元気でいてくれそうな勢いだったので、ちょっと早かった、、って思う気持もあるけど、でも、それでも、苦しまずに旅立ったことが、何よりもよかった、、って思います!!
いろいろ聞いてくれて、有難う。おばぁちゃん子のKIMでした。
Commented by ぴー at 2010-02-03 17:12 x
ほんと、寿命の感じって寿の命なんだよね。
イメージがどうしても、負な感じだったから、言われるまで気づくことができなかった・・・・
「どう生きたのか」なんだよね。
中身の大切さ・・・
とは言えども、やっぱり「長さ」は頭から離れないのも正直あるけど。。
うちのばあちゃんの時も、改めて「命」を考えて複雑な思いもあったけど一秒一秒、今を大切にしていこうと思うよ。


Commented by maropu21 at 2010-02-04 10:36
きむちん様、ぴぃ様

毎日を大切にして生きていくって思ってても、生きてることが当たり前過ぎてつい忘れてしまうけど(汗)心がけてます。
いつ自分がいなくなってもシアワセだったと思えるように、そして(もちろんあってほしくはないけど)大事な家族な友達に何かあってもあの時こうしておけばよかったと後悔しないしさせないようにしたいよ!